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2日目〜3日目   (3/1314)

2日目の当初計画は「熊瀬王子」〜「熊野本宮大社」17.5km間を歩く予定だったが、最終日の帰路の長距離走行も配慮し、行程を「発心王子」〜「熊野本宮大社」に短縮する下記の 2日目〜3日目計画に急遽変更。


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道の駅・奥熊野古道ほんぐうP」で車泊。

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440分、今日の古道歩きの間、マイカーは「発心門王子」で待機させるため、車で「道の駅・奥熊野古道ほんぐう」を出発。

5時、「発心門王子」に着いたが、辺りに「発心門王子バス停」が見当たらず・・??

王子へ到着する手前300m辺りの横道を指して 「発心門王子・駐車場→」標識があったのを思い出し、これに従うと駐車場広場にバス停。 

広場の「休憩所」横に車を置き、暫くは出発の時間調整。

536分、「←発心門王子」標識に従い、ランプを点灯して駐車場を出発。

<2日目の熊野古道歩きの実績>

 

541分、暗闇の中、約400m先の「発心門王子」に到着。

「発心門王子」の御堂をヘッドランプで照らしながら参拝をすませ、

2日目の「熊野古道あるき」を開始。

「水呑王子→」標識に従うと、熊野古道はマイカーを置いたバス停経由で東に向かっていく

 

東の空が赤らみ始めた。

一時、車道に合流したが標識に従い、すぐに「←熊野古道→」と表示された道へ分岐し、杉林の中の舗装林道を進む。
明るくなりライトを外す。

612分、変形四差路横に「水呑王子跡」標識。 「伏拝王子1.9km→」標識に従い、石畳道で杉林へ進む。

 


杉林を緩く下っていくと道脇に正月のテレビでも紹介された菰被りのお地蔵さん。

634分、森から里に抜けだし、「伏拝王子→」標識に従って車道へ進む。道脇に梅、桜、雪柳が花を見せる。

 

651分、「伏拝王子跡」に到着。

 

 

休憩所横の高台に上ると南東に視界が開け、

熊野本宮大社の辺りに霧がたまった美しい景観が望めた。

先へ下る。徐々に方向を南へ変えながら幅広の砂利林道を下っていく。

 

713分、舗装林道の三叉路上を吊橋で通過し、続けて三軒茶屋跡の休憩所を通過するとコースは「熊野本宮大社2.1km→」標識地点から山へ上り始めた。

緩い上りで50mほど高度を上げると道脇に「ちょっと寄り道→」看板。

これは大斎原の展望台への道だと、左の山道へ分岐。

 

738分、南東に視界が開けた展望所に立つと・・、南の積層した熊野の山並み手前の薄霧越しに「大斎原の大鳥居と熊野川」。

先へ下る。

757分、朝日を受けた「祓戸王子」石碑前を通過し・・・、

 

熊野本宮大社の裏鳥居から境内に入って各社殿を参拝して

熊野古道・中辺路あるきを完了」とし、

残りの熊野2山の観光に移ることにした。

 

813分、「発心門王子」に置いたPRIUSに戻るため、「世界遺産熊野本宮館」のバス停に移動。

829分、「発心門行き始発バス」発車。乗客は4人の外人を含め、10人ほどで皆、古道歩き目的らしい。

850分、「発心門P」に置いたPRIUSに戻り、「熊野本宮・大斎原」を目指す。

921分、熊野本宮大社の主祭神「家津美御子大神(けつみこおおかみ)」が降臨したという「大斎原(おおゆのはら)」参拝のため、車を河原Pに移動・駐車し、河原側から大鳥居を目指す。

 

大斎原」入口の高さ34mの巨大鳥居を通過。

境内の「大斎原の由来」説明板に依れば・・

崇神天皇の御代、旧社地大斎原の (いちい) の巨木に三体の月が降臨。
熊野連はこれを不思議に思い、「天高くあるはずの月がどうしてこのような低いところに降りてこられたのですか」と尋ねると、真ん中の月が「我は證誠大権現であり、両側の月は両所権現である。社殿を創って齋き祀れ」とお答えになりました。この神勅により、熊野本宮大社の社殿が大斎原に創建されたといわれています。(以下略)

 

「大斎原」の一段の高みには2つの石祠が並び、左が熊野権現8柱、右が元境内摂末社とのこと。(境内は撮影禁止とのことで
右の写真は 熊野本宮観光協会のHP

(http://www.hongutaisha.jp/worship/)  より借用。

 

940分、次の目的地「熊野速玉神社」を目指し、熊野本宮大社を後にする。

1030分、新宮市の「熊野速玉神社」に到着。

 

境内の解説板に依れば

「熊野速玉神社」の主祭神は
熊野速玉大神と熊野夫須美大神で、もとは近隣の神倉山の磐座に祀られていた神で、いつの頃からか現在地に祀られるようになったといわれ、ここを新宮とよぶようになった。 とのこと。

境内には樹齢1000年という「梛(なぎ)」の御神木もあった。

 

全社殿を参拝後、「神宝館」で御物を拝観 (500/)

1110分、「熊野速玉神社」を後にし、500mほど離れた「神倉神社」を目指す。

 

1130分、「神倉神社・駐車場」に車を残し、朱塗りの橋先から538段という石積階段を上る。

山頂部は天磐楯と呼ばれる岩盤帯の上に巨大な「コトビキ岩」が鎮座し、その手前に朱塗りの「神倉神社」。

新宮市観光協会のHPに依れば
「神倉神社」は 熊野三山に祀られる熊野権現が初めて地上に降臨した聖地とのこと。

1210分、次の目的地「那智大社」を目指す。

 

1240分、立地の良い「和か屋本店P」に駐車し、473段という石階段を上って「那智大社」を目指す。

1255分、「熊野那智大社」と隣の「青岸渡寺」を参拝し、境内から北に見える「那智の滝」を撮影後、更に青岸渡寺の三重塔へ近づいて滝を撮影。

 

(那智大社の大まかな由来は・・

紀元前662年、丹敷浦(現在の那智の浜)に上陸した神日本磐余彦命の一行は前方に光り輝く山を見つけ、那智御瀧を探りあてられ、その御瀧を大己貴命(おおなむちのみこと)の現れたる御神体としてお祀りされ・・(中略)・・仁徳天皇5年(317年)、山の中腹にあらためて社殿を設け、熊野の神々・御瀧の神様をお遷し申し上げました。これが熊野那智大社の始まりとされております。)

 

1320分、車に戻り、今夜は帰路途中の道の駅か高速道のSAで車泊することにし、カーナビに自宅を目的地にセットすると、距離545km、所要時間7時間7分と表示。

国道42から尾鷲市の紀勢自動車道に入り、伊勢自動車道、東名阪自動車道、伊勢湾岸自動車道と進み、薄暗くなったので「御在所SA」で車泊・したが・・・・

集団トラックの排気音が酷くて眠れず、次のPAへ移動して車泊しかけると、又、隣に消防車が入車してエンジンを停めないので、再度「掛川PA」まで走って車泊し、

翌朝7時、無事帰宅。

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